江戸時代に西洋や中国に開かれた唯一の国際貿易港として栄え、諸外国との交流から育まれた歴史や文化が伝わる長崎市。
異国情緒豊かな長崎ならではの“歴史”と“文化”のストーリーとともに、銘品土産の数々をお楽しみください。
【⻑崎銘品 お⼟産ガイド】お菓⼦
⽇本遺産に確定されている「砂糖⽂化を広めた⻑崎街道〜シュガーロード〜」。
鎖国の時代に花開いた、⻑崎の砂糖・お菓⼦⽂化のストーリーと甘くておいしいスイーツをご紹介します。
PICK UP|商品一覧
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株式会社カステラ本家 福砂屋
カステラ1号
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株式会社 文明堂総本店
カット包装カステラ 5個入
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大竹堂
大竹堂の桃カステラ 1個
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株式会社すみや
長崎ラスク 15 枚入
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チョコレートハウス株式会社
和のボンボンショコラ12個入
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有限会社 茂木一まる香本家
茂木ビワゼリー(50g)
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有限会社 萬順製菓
よりより 1本:120円〜
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御菓子処 まえだ
長崎カステラぷりん 4個入
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有限会社 長崎屋
長崎オマガリにゃすてら 1切入250円~
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株式会社 長正堂
茂木びわゼリー(70g)12個入
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有限会社 ニューヨーク堂
長崎カステラアイス(バニラ)
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有限会社 長崎堂
カステラパイ 1本
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有限会社 長崎本舗
和三盆カステラ 5切入
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株式会社 林製菓
麻花兒(まふぁる)130g
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株式会社 唐草
長崎物語 15本入
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有限会社 蘇州林
麻花兒(マファール) 15本入
長崎銘品|お菓子
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【カステラ】
⻑崎菓⼦の代表格。江⼾時代にもたらされたポルトガルの南蛮菓⼦をルーツに、400年の歳⽉をかけて、味や形に改良を重ねた「⻑崎カステラ」。卵、砂糖、⽔飴、⼩⻨粉などを混ぜ合わせて、しっとり柔らかく⽕にかけた焼き菓⼦で、⽣地の底にザラメ糖が残っているのが⼤きな特徴。
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【⾦平糖(コンペイトウ)】
戦国時代に伝来した南蛮菓⼦で、宣教師ルイス・フロイスが織⽥信⻑と謁⾒した際の献上品といわれています。核となるグラニュー糖を回転鍋で転がし、蜜を吹き続け、2週間ほどかけて、ゆっくり作り上げていきます。丸いツノがついた⼩粒の菓⼦で、⼝にふくむとやさしい⽢味がほどけます。
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【よりより】
江⼾時代、中国から⿇の花に似るとされた「⿇花兒(マファール)」という名で伝来。⻑崎では螺旋状に編まれた形状から、「よりより」という愛称で親しまれています。カリッと⾳が鳴るほどの硬い⾷感が特徴で、噛むほどに素朴な⽢味が広がり、⼀度⾷べたら癖になる中華菓⼦です。
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【⽉餅(ゲッペイ)】
古代中国に起源を持つ中華菓⼦で、江⼾時代に⻑崎に伝来。中国では、旧暦の8⽉15⽇の中秋節に、家族や親しい友⼈が集まり、⽉を愛でて⽉餅を⾷べる⾵習があります。⼩⻨粉の⽣地で、⽊の実餡を包んで焼き上げた上品な味わい。伝統菓⼦らしい⽂様にも各店舗が趣向を凝らしています。
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【⾦銭餅(キンセンピン)】
江⼾時代、⻑崎に交易にやってきた中国⼈が伝えた伝統菓⼦。三千年以上前の中国の古代貨幣がモチーフとされ、その縁起から⻑崎くんちではおひねりの中⾝にも利⽤されています。⼩⻨粉を練った⽣地に胡⿇をまぶして、⾹ばしく焼き上げた中華⾵胡⿇クッキーで、お茶請けにオススメです。
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【⼀⼝⾹(イッコッコウ)】
江⼾時代に伝来した中⾝が空洞のカラクリ焼き菓⼦。⿊砂糖、⽔飴、はちみつなどで作った餡を⽣地で包んで、ゴマを付けて焼きあげると、⽣地が丸くふくらみ、餡が⽣地の内側に張り付き、中が空洞の不思議な仕上がりに。硬めの⻭応え、素朴な⽢味、名の由来のゴマの⾹りをお楽しみください。
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【びわゼリー】
びわ⽣産量⽇本⼀を誇る⻑崎。⻑崎びわは、江⼾時代、出島にいた中国⼈の通訳からビワを譲り受けたことが始まりといわれています。瑞々しいびわから丁寧に種をとり、まるごとゼリーで包んだ涼やかなスイーツは、年中⻑崎びわを味わえる贅沢なお⼟産品です。
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【ザボン漬け】
中国原産の柑橘で、江⼾時代に⻑崎に伝来したといわれています。中国の蜜漬物の⼿法を⽤いて、ザボンの分厚い果⽪を砂糖で⽢く煮つめると、透明感のある宝⽯のような「ザボン漬け」のできあがり。⾷感はまるでゼリー、とろけるような⽢さの中にザボン特有のほろ苦さが感じられます。
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【⼝砂⾹(コウサコ)】
江⼾時代、⻑崎に伝わった⼲菓⼦で、唐⼈屋敷が建造されるより前、町宿の中国⼈が伝えたもの。落雁のもち⽶を煎った寒梅粉とは異なり、うるち⽶を煎った粉と砂糖を混ぜて、⽊型で多様な形に型打ちします。⾷感はサクッとして、⼝の中でホロリと溶け、うるち⽶の⾹ばしさが広がります。
歴史と文化のストーリー|⻑崎街道シュガーロード物語
【スイーツの原⽯“⽩い⻩⾦”出島上陸】
江⼾時代、砂糖は貨幣に匹敵する価値があるとして“⽩い⻩⾦”と呼ばれていました。⻑崎の出島は、国内唯⼀の国際貿易港として⼤量の砂糖を輸⼊しており、⼀番の輸⼊品 砂糖が⼈衆の注⽬を集める様⼦も1枚の絵画として残されています。江⼾参府でも利⽤された⻑崎街道は、出島から⼤量の砂糖が⽇本全国に流通していく始まりのルートで、別名“シュガーロード”とも呼ばれていました。現在の出島では砂糖専⽤蔵(⼀番蔵など)が復元されており、当時のオランダ貿易の様⼦を垣間⾒ることができます。
【そして、砂糖は全国⾏脚の旅に出る】
江⼾時代、⻑崎から福岡(⼩倉)までをつないだ⻑崎街道は、57 ⾥(228km)の距離に25の宿場町が整備された九州随⼀の⼈流・物流ルート。出島⼀の輸⼊品 砂糖は、⻑崎街道(⻑崎〜佐賀〜福岡)を通ったあと、航路によって⽇本⼀の商業都市 ⼤阪へ渡って、⽇本全国に届けられました。⻑崎では、遊⼥に贈られる“もらい砂糖”、貿易の労働報酬“こぼれ砂糖”などがもたらされ、独⾃の砂糖⽂化が育まれました。また佐賀藩・福岡藩においても砂糖の藩内流通のシステムを築きあげたことで、砂糖⽂化を持ったまちが連なる“シュガーロード”が形成され、九州の⽢⼝⽂化の礎となります。
【ながさきの優美なお菓⼦⽂化 花ひらく】
⻑崎街道は、外国由来の製菓法なども⼊⼿しやすく、⻑崎のカステラ、有平糖、ザボン漬けなどをはじめ、⻑崎街道沿いのまちにおいては砂糖をたっぷり使った優美な菓⼦⽂化が花ひらきました。⻑崎では砂糖をたくさん使うことが最上級のおもてなしとされ、菓⼦や料理が⽢くないときは、「砂糖が⾜りない」と⾔わず、「⻑崎が遠い」と⾔われるほどでした。歴史⽂化のストーリー「砂糖⽂化を広めた⻑崎街道〜シュガーロード〜」は、2020年、⽇本遺産に認定されており、今もなお⻑崎街道沿いのまちでは⽢くて美味しい郷⼟菓⼦を楽しむことができます。