長崎に来たら最初に行って!
長崎の「ふつうじゃない」文化のルーツがわかる場所
【長崎市民の推しPOINT】
「今は海に面してない出島も、ちゃんと海の上にあったんだ」とか「眼鏡橋ってこんな構造でできてるんだ」とか、先に来て長崎の歴史を知ってから市内を回ると、長崎に対する見方が変わるんですよね。
「今は海に面してない出島も、ちゃんと海の上にあったんだ」とか「眼鏡橋ってこんな構造でできてるんだ」とか、先に来て長崎の歴史を知ってから市内を回ると、長崎に対する見方が変わるんですよね。
最初に訪れると長崎旅が10倍楽しい
長崎歴史文化博物館は2005年に開館。かつてこの地にあった長崎奉行所を復元した長崎奉行所ゾーンと、長崎の歴史と文化を貴重な歴史資料や工芸品で紹介する歴史文化展示ゾーンに分かれています。
長崎港の開港から明治時代まで
中でも推したいのは歴史文化展示ゾーン。長崎港が開港し、ポルトガル船が入港した1571年から、キリスト教の布教と禁教、鎖国下の日本でオランダと中国との貿易を許され、そこから入ってきたさまざまな海外の文化の影響、そして開国後、西欧諸国との交流によって日本近代化の先駆けとなった明治時代までを知ることができます。
眼鏡橋と新地中華街に行く前に見るとわかる!
長崎と言うと出島ばかりに注目が集まりますが、鎖国時代に長崎で貿易が許されていたのはオランダと中国。唐人屋敷は出島と同じく出入りが制限されていましたが、門前の広場までは日本人も入ることができたから交流があったとか、眼鏡橋は、実は当時の中国の最新技術で作られたすごい橋だったとか、「へえー」と思うことの連続です。
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航海安全の守護神である媽祖像や、復元された唐人屋敷模型が -
「眼鏡橋を作ってみよう」コーナー。眼鏡橋は中国の最新技術で作られていたことが楽しく体験できる貴重な展示 -
現在の新地中華街は、かつては海の上にあった人工島で、輸入品を保管する倉庫として使われていました -
唐人屋敷内に出入りを許されていた芸妓衆はお代に加えて当時貴重だった砂糖をたくさんもらっていたそう -
唐人屋敷の模型では映像を見ると当時の暮らしがよくわかります -
毎年2月に行われる長崎ランタンフェスティバルの様子。開催期間中は新地中華街は大勢の人で賑わいます -
長崎ランタンフェスティバルの主会場の1つ、湊公園は新地中華街のそばにあります -
唐人屋敷があった場所には大きな門と今なお4つの唐寺があって、当時の面影を残しています
たたみ10畳分の絵図(!!)で見る長崎
江戸時代の長崎の様子が描かれた絵図、長崎惣町(そうちょう)絵図は博物館に収蔵されています。その絵図は巨大で、なんとたたみ10畳分。長崎の中心部の区画は今もほとんど変わらず残っていて、この80町のうち77町の町割を基本として7年に1度奉納踊の出番が巡ってくる、国指定重要無形民俗文化財・長崎くんちの仕組みが生まれました。
貴重な体験もできる!復元された町屋や異国情緒あふれる工芸品
長崎には日本らしい家屋が建ち並んでいた一方で、ポルトガルやオランダ、中国から渡ってきた文化の影響を受けた美術品、工芸品が数多く残っています。工芸展示室には長崎の多様な文化を感じさせるさまざまな品々が並び、目を楽しませてくれます。
本物の解体新書も!出島ってこんな場所だったの?
出島を通じて交流していたオランダから伝わった文化や学問を知ることができるオランダとの交流コーナー。教科書で見た解体新書は、オランダの学問・蘭学を代表する書物です。
復元された江戸時代の長崎奉行所の中を歩こう
かつて博物館の敷地内にあった「長崎奉行所立山役所」の一部を復元。畳敷きの広間では、行政・司法・外交・貿易・軍事全般とキリシタン・密貿易の取り締まりなど、多岐にわたる職務が行われていました。