しょうりんざん ほんれんじ 聖林山 本蓮寺

教会跡に建てられた勝海舟ゆかりの寺

1620年、大村の本経寺の僧・本瑞院日恵上人により開かれた日蓮宗の寺院です。
この地には、日本で最初のハンセン病の病院「サンラザロ病院」と「サンジョアン・バウチスタ教会」がありました。しかし、キリシタン禁止令により破壊され、その跡地に本蓮寺が建立されました。
敷地内には、南蛮井戸跡があり、教会時代の名残をとどめています。
また、幕末には、長崎海軍伝習所に入門した勝海舟が、本蓮寺境内の太乗院に4年間身を寄せていました。
かつて広大な敷地を誇ったこの寺は、晧台寺、大音寺と共に長崎三大寺といわれていましたが、原爆で焼失。現在の本堂は1955年に再建されました。昔は野母半島をも望む景勝地だったと言われています。
正面の日蓮上人像は、開山時、徳川秀忠公よりいただいたもので、元禄の大火や原爆の焼失を逃れ、今に残っています。
境内の墓地には、代々長崎代官をつとめた高木家墓地(市指定史跡)、長崎学の創始者古賀十二郎や長崎の南画家・三浦梧門の墓の他、江戸時代や幕末に活躍した人々の墓があります。

エリア
長崎市中心市街地エリア(平和公園・稲佐山・グラバー園など)
カテゴリー
歴史・文化財

もっと詳しく知ろう! 聖林山 本蓮寺

  • 貴重な遺構、南蛮井戸跡は必見!-0

    キリシタン時代の数少ない遺構・南蛮井戸跡

    貴重な遺構、南蛮井戸跡は必見!

    本蓮寺が建つ以前、この場所には天正19年(1591)に入港したポルトガル船長ベレイラの寄附によって建てられたハンセン病のためのサン・ラザロ病院があり、この病院の傍らには病院附属のサン・ジョアン・バウチスタ教会がありました。
    その教会時代の名残が、現在も本堂右側の庭園内にある南蛮井戸。
    これはキリシタン寺院時代に掘られた井戸で、当時は寺の下まで海だったため、一説によると長崎港に出る抜け穴として掘られたともいわれています。
    現在は入口に鍵がかけられているので、見学の際は寺務所へ一言声をかけましょう。

  • 勝海舟が4年間滞在した寺-1

    勝海舟が4年間滞在した寺

    また本蓮寺は、開国に向けて力を注いだ幕末・明治の政治家、勝海舟寓居の地でもあります。
    安政2年(1855)、長崎奉行所西役所(現県庁)内に設けられた海軍伝習所の伝習生頭役として来崎した勝海舟は、本蓮寺の境内の太乗院に4年間滞在。熱心に海外文化を学んだといわれます。
    また、長崎の梶クマ(通称お久)なる女性とのロマンスもあり、二人の子孫はアメリカに住んでいるといわれています。

基本情報

住所 〒850-0052 長崎県長崎市筑後町2-10
電話番号 095-822-1652
FAX番号 095-820-5936
営業時間 7:00~18:00
休日 無休
料金 無料
交通アクセス ・徒歩/「長崎駅前」電停及びバス停から約5分
・車/長崎駅前から約3分
駐車場 あり(7台)
備考 南蛮井戸跡の見学ご希望の際は受付へお声がけください
リンクURL 聖林山 本蓮寺公式サイト
マップを表示

share

周辺にあるスポット

このページを見ている人は、こんなページも見ています

ここに行くモデルコース

当サイトでは、利便性の向上と利用状況の解析、広告配信のためにCookieを使用しています。サイトを閲覧いただく際には、Cookieの使用に同意いただく必要があります。詳細はクッキーポリシーをご確認ください。
ページトップへ