第3章 ボタニカル・アートを愛でる-1

第3章 ボタニカル・アートを愛でる 第3章 ボタニカル・アートを愛でる

⽇本の植物を描いたボタニカル・アートの名作『⽇本植物誌』から⻄洋園芸界に影響を与えた代表的な植物、⽇本の⽂化研究にひもづく植物などを10 点ピックアップ。シーボルトの覚書を添えて。

◆ヨーロッパで咲き誇る

【レンギョウ(モクセイ科)- Forsythia suspensa】

花の季節は、3〜4⽉。ヤマブキとともに早春に見頃を迎える鮮やかな⻩⾊の花は、ブーケのように寄り集まって咲き誇ります。シーボルトによって⻄洋園芸界に持ち込まれた代表的な植物の⼀つで、品種改良も施され、今でもヨーロッパの⾵景によく馴染んでいます。

シーボルトの覚書(抜粋):
「レンギョウは庭園では常緑樹の傍らに好んで植えられる。暗い背景に置いて、その⻩⾊い花が同じ時期に花をつけるツバキ、モモ、アンズなどの花と織り成す多彩な⾊合いを際⽴たせるためである。」

【カノコユリ(ユリ科)- Lilium speciosum】

花の季節は、7〜8⽉。カノコ(⿅の⼦)とは、花びらに広がる深い⾊合いのドット柄を、⿅の背模様に⾒⽴てたもの。シーボルトが初めてヨーロッパに輸⼊した当時、その花はルビーやガーネットのように美しいと絶賛され、球根は同じ重さの銀と取り引きされたと⾔われています。

シーボルトの覚書(抜粋):
「1832年のことであるが、ガンの植物園*では8⽉になってやっと開花した。(これがヨーロッパで花を付けた最初である)。」*ベルギー・ゲント市内の植物園
 

【ハマナス(バラ科)- Rosa rugosa】

花の季節は、5〜8⽉。古来より⽇本に⾃⽣するバラの原種の⼀つで、特に北海道で普及しています。浜辺でトマト(⾚茄⼦)のような⾚い実をつけることから、ハマナス(浜茄⼦)と名付けられたと⾔われています。花の⾹りが華やかで、⾹⽔にも利⽤されます。シーボルトが持ち帰ったハマナスは、ヨーロッパの園芸バラの品種改良に多⼤な貢献をすることとなります。

シーボルトの覚書(抜粋):
「ハマナシは、ヨーロッパの、それも特に砂質⼟壌の庭で容易に栽培することができる。⽇本では⾄る所(南部でも北緯32度まで)で栽培されている。」

シュウメイギク(キンポウゲ科)- Anemone japonica】

花の季節は、8〜11⽉。「秋明菊」の名の通り、秋の⾵情を感じさせる優雅な花を咲かせます。別名「貴船菊」とは、京都の貴船地⽅に多く⾒られることから。⼀枝でも⾒栄えが良いため、華道や秋の茶花としても喜ばれます。オランダのライデン⼤学植物園には、⽇本植物を中⼼に植栽されたシーボルト庭園があり、⾼さ1mを超える⽴派なシュウメイギクが今も咲き誇っています。

シーボルトの覚書(抜粋):
「キフネギクは森の湿潤地や⼩川のほとりなどに⽣えるが、最もよく⾒かけるのは京の都に近い貴船⼭である。貴船の菊を意味するキフネギクという和名はここに由来する。秋に開花する花が紫⾊で美しいためによく庭で栽培される。」
 

【ツクシシャクナゲ(ツツジ科)- Rhododendron metternichii】

花の季節は、4〜6⽉。⽇本固有種で、紀伊半島以⻄の本州、四国、九州の⽐較的標⾼が⾼い霧深い⼭中に⾃⽣するため“霧の花”とも呼ばれます。ツクシ(筑紫)とは北九州に多く⾃⽣することから命名されました。⽇本産シャクナゲの中でも、最も⼤きく美しい淡紅⾊の⼤輪の花を咲かせます。

シーボルトの覚書(抜粋):
「この図は、私が江⼾に滞在した時(1826年)に現皇帝の義⽗であらせられる薩摩藩主から頂いた、⽣きた植物をもとに作成したものである。」
 

◆和の⽂化をあらわす

【サカキ(サカキ科)- Cleyera japonica】

本州中南部以⻄に分布する常緑樹で、冬でもつややかで厚みのある美しい葉をつけます。漢字では、神と⽊を組み合わせた国字(⽇本製の漢字)「榊」と書き、その名の通り神事に⽤いられます。その枝葉は神が降臨する依代とされ、紙垂を⿇紐で結んだ「⽟串」は神前に供えられます。神の世界と⼈間界の境にある⽊「境⽊(さかいき)」から、サカキと名付けられたとも⾔われています。

シーボルトの覚書(抜粋):
「⼀般的に⾔って、これは寺社周辺の⽊⽴や⺠家の庭などには必ずと⾔っていいほどある神聖な⽊なのである。」

【シキミ(マツブサ科)- Illicium religiosum】

宮城県及び新潟県以⻄に分布する常緑樹。各地の⼭林に⾃⽣し、光沢のある美しい葉は、サカキと同様、神仏事に⽤いられ、江⼾時代から寺社や墓地等に植栽されています。名前の由来は、四季を通して鮮やかな緑を⾒せる、または毒があるので「悪しき実」から転じたとも⾔われています、線⾹の原料の⼀つで、邪気を払う、故⼈を悪霊から守ると考えられ、主に仏式の葬儀で利⽤されます。

シーボルトの覚書(抜粋):
「とりわけ花の時期には、その常緑の枝をツバキやサカキやアヤメ類などとともに、寺の祭壇の花瓶に⽣けたり、墓前に供えたりする。」

【クロマツ(マツ科)-Pinus massoniana】

本州から九州までの海辺を中⼼に⾃⽣する常緑⾼⽊。⽣命⼒が強く、⻑寿や繁栄を象徴する縁起の良い⽊として和⾵庭園の主役や慶事の装飾に使われます。神が降臨する依代とされ、その語源も神を“待つ”とする説があります。⺠俗学的にも重要な⽊で、シーボルトの覚書も詳細を究めました。

シーボルトの覚書(抜粋):
「⺠衆の⽣活ではこの⽊は⾮常に重んじられているが、それはこの⽊に⻑寿をもたらす⼒があるとする寓話、奇蹟譚、偏⾒の類があるためであり、またこの⽊が装飾に⽤いられると同時に、儀式や⺠衆の祭りで宗教的なシンボルとして⽤いられるためでもある。これは真の⽇本⼈には不可⽋の⽊であって、⽇本⼈の住むところ常にこの⽊がある。」
 

【ヒノキ(ヒノキ科)- Chamaecyparis obtusa】

福島県以南から⿅児島の屋久島まで、⽇本に広く分布する常緑針葉樹。⽇本書紀において、ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトは、ヒノキを宮づくりに使うよう命じたとされ、伊勢神宮、法隆寺、東⼤寺など、多くの寺社仏閣の神聖な建材として利⽤されています。語源は、⽕起こしの「⽕の⽊」、最⾼の⽊を意味する「⽇の⽊」、神社を象徴する「霊(ひ)の⽊」などの説があります。

シーボルトの覚書(抜粋):
「ヒノキは森にとっての誇りになる⽊だという。実際、⽇光に照らし出されたこの⾼⽊は実に堂々たる外観を呈する。……枝は扇状に広がり、光沢のある明るい緑⾊をしている。その材は⽩く、きめ細やかで稠密であり、絹のような光沢をもっている。⽇本⼈がヒノキを太陽の⼥神に捧げるにふさわしい⽊と考えたのは、まさしくこのような卓越した性質によるのである。」

【スギ(ヒノキ科)- Cryptomeria japonica】

本州以南から⿅児島の屋久島まで広く分布する常緑樹。成⻑の速さや⽊材の軽さ、加⼯のしやすさ、まっすぐに通る⽊⽬の美しさにより、ヒノキとともに重要な建材とされ、⽇本の植林地の中では、最も広範囲を占めています。シーボルトの覚書では、スギの記述が最も⻑く、⽇本のスギに魅了されたシーボルトは、ヨーロッパに杉林を⽣み出す可能性を探っていました。

シーボルトの覚書(抜粋):
「⽇本原産の全ての針葉樹の中でも、スギは最も⼤きくなる⽊である。⻑崎近郊の岩屋⼭(標⾼498メートル)の東斜⾯で我々が観察したものは、⾼さ42 メートル、地⾯から数ピエ*の⾼さの幹の直径が1.6メートルあった。……江⼾の著名な絵師である北斎は、『北斎漫画』と題する作品集で、古いスギを描いた⾮常に正確な⽊版画を著している。」*⻑さの旧単位で、1ピエは約32.5センチ。

COLUMN

シーボルトの⾥帰り植物

2000年、⽇蘭交流400周年記念事業の⼀環として、シーボルトがヨーロッパに持ち帰った植物が栽培されているオランダのライデン⼤学植物園から、計5種の植物が⽇本に株分けされました。この⾥帰り植物(フジ、ケヤキ、アケビ、ナツヅタ、イロハモミジ)は、200年近くの時を経て、⻑崎・出島の植物園内に根づき、かつての緑を栄えさせています。

シーボルトの⾥帰り植物-1

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