世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」長崎市内にある構成資産

沈黙の下に秘め続けた思いを知る…感動の旅へ
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教が禁じられている中で2世紀半にわたり密かに日本独自の信仰形態が育まれたことを物語る「潜伏キリシタン集落」と、新たな信仰の局面を迎える契機となった「大浦天主堂」など12の資産で構成されています。世界的にもまれといわれる、禁教下において形成された潜伏キリシタンの独特な信仰文化。長崎市内にある3つの構成資産をたどってみましょう。
  • 「信徒発見」の舞台となった大浦天主堂

    「信徒発見」の舞台となった大浦天主堂

  • 大浦天主堂敷地内にある旧羅典神学校

    大浦天主堂敷地内にある旧羅典神学校

信仰の局面を迎えるきっかけとなった場所
19世紀後半の開国によって来日した宣教師が1864年に建造した教会堂で、16世紀に長崎で殉教した26聖人に捧げられています。1865年の落成式直後には、長崎近郊の潜伏キリシタンが密かに訪れ、自分たちの信仰を宣教師に告白した「信徒発見」の舞台となりました。その後続いた宣教師と各地の潜伏キリシタン集落の指導者との出会いは、それぞれの集落において新たな信仰の局面をもたらし、禁教期固有の信仰形態の終焉へとつながっていきました。わが国最初の洋風建築として1933年に国宝指定。境内には信徒発見の碑をはじめ、外国人宣教師らによって建てられた旧羅典神学校や旧伝道師学校などがあります。その歴史的価値が評価されて2012年に国の史跡指定を受けました。
「信徒発見」の奇跡

「信徒発見」の奇跡

平成の世になっても大浦天主堂に眠る、プティジャン神父

大浦天主堂の創建に尽力した宣教師の一人、プティジャン神父は大浦天主堂の完成後、「2世紀の間、弾圧に負けなかったカトリックの信徒がいるのではないか」という夢を信じ、天主堂の扉を開けつづけ日本人の信徒の訪問を待っていました。そして1か月後、宗教史上の奇跡と言われる「信徒発見」に立ち会うことになるのです。プティジャン神父の「夢」がなければ起こらなかった奇跡。プティジャン神父はその後もまだまだキリシタン弾圧が続く激動の時代に苦労を重ねながら、各地の潜伏キリシタンをカトリックに復帰させました。プティジャン神父は今も「信徒発見」の場、大浦天主堂の下に眠っています。
(写真:信徒発見の碑)

  • 外海の出津集落

    外海の出津集落

  • 復帰後、ド・ロ神父の設計、指導によって建てられた出津教会堂

    復帰後、ド・ロ神父の設計、指導によって建てられた出津教会堂

  • ド・ロ神父が女性の自立支援のための作業場として建てた旧出津救助院

    ド・ロ神父が女性の自立支援のための作業場として建てた旧出津救助院

聖画像などを密かに拝み信仰を続けた集落
出津集落では小規模な潜伏キリシタンの集落が連帯して、聖画像や教理書、教会暦などを秘匿しつつ密かに信仰を続けました。外海の潜伏キリシタンの多くは禁教期に五島列島など島嶼部へ移住し、その信仰が離島各地に拡がり、移住先でも継続されました。解禁後には段階的にカトリックへ復帰し、ド・ロ神父の指導などにより、集落を望む高台に出津教会堂が建てられました。
今も人々から慕われ続ける ド・ロ神父

今も人々から慕われ続ける ド・ロ神父

出津の人々の暮らしを支え、生活の向上、教育に尽力。

1873年の禁教令撤廃から6年後、外海(そとめ)へ赴任し、潜伏キリシタンが信仰を続けていた集落でその後の人々の暮らしを支えた神父がいました。
ド・ロ神父は赴任後、自ら図面を引き、出津教会堂の建造に着手します。当時の出津の信徒はとても貧しい生活だったため、ド・ロ神父は後々、人々が修繕費で苦労しないように海風にも負けない頑丈さを優先。惜しみなく私財を投じ、信徒と共同作業で出津教会堂を建てたのです。また困窮を極める村人達を救うため、仕事を持たない娘たちを集め織物やマカロニ、そうめん製造などの技術を教え、人々の自立を促しました。明るく話し上手で建築や医療の知識も豊富だったド・ロ神父は、出津のお父さんのような存在だったといわれています。
(写真:ド・ロ神父記念館)

  • 外海の大野集落

    外海の大野集落

  • カトリック復帰後、ド・ロ神父の設計、指導によって建てられた大野教会堂

    カトリック復帰後、ド・ロ神父の設計、指導によって建てられた大野教会堂

神社崇拝に重ねた祈りの場
潜伏キリシタンが、自らの信仰を装うために仏教徒や集落内の氏子となり、神社に自らの信仰対象を密かに祀り、在来宗教である神道における祭祀の場と、潜伏キリシタンの信仰における祈りの場とを共存させた集落です。解禁後には、自らの集落の中心に出津教会堂の巡回教会として大野教会堂を建造して祈りの場としました。
ド・ロ壁

ド・ロ壁

ド・ロ壁なのに泥じゃない!ド・ロ神父の建築技術で築いた石積みの壁

角力灘(すもうだな)をのぞむ丘に佇む「大野教会堂」は出津教会堂に通えない信徒のための巡回教会として、ド・ロ神父が私財を投じて建てまし た。最大の特長はド・ロ神父の名前を冠した「ド・ロ壁」。専門知識が豊富なド・ロ神父は、地元に元々あった石積みの製法に工夫を加え、より丈夫な石積みの壁を造ることに成功しました。100年以上たった今でも健在です!
(写真:大野教会堂)