龍馬と海援隊

  • 風頭公園から長崎の街を見つめる龍馬の像
  • 龍馬が起こした日本初の商社「亀山社中」跡
江戸時代の日本で唯一西洋との貿易が許され発展した長崎は、学問や文化、科学技術など最先端のものがあふれ、近代化を夢見る好奇心と先見性に満ちた人々を魅了していました。長崎を拠点にして「薩長同盟」の成立に奔走し、日本初の商社「亀山社中(のちの海援隊)」を立ち上げ、新生ニッポンの青写真を描いた幕末の英雄・坂本龍馬も、長崎の魅力にとりつかれた一人。長崎における龍馬の足跡をたどってみましょう。
  • 幕末から明治にかけての長崎市街と大浦居留地

    幕末から明治にかけての長崎市街と大浦居留地

運命の人、運命の地
土佐藩の下級武士として産まれながらも、大胆な発想と行動力で江戸幕府を倒し、明治維新へのきっかけをつくった坂本龍馬。そんな龍馬に夢と希望を与え、刺激した土地が長崎です。龍馬と長崎にはどのようなつながりがあったのか、龍馬が長崎を訪れた時代に時計の針を巻き戻して、龍馬の動向を追ってみましょう。
  • 船や武器などを購入するため、龍馬も足しげく通ったとされるグラバー邸

    船や武器などを購入するため、龍馬も足しげく通ったとされるグラバー邸

二人の同郷人を結びつけた長崎
日本初の商社「亀山社中」を立ち上げ、順風満帆な長崎での船出を飾った龍馬ですが、やがて試練が訪れます。その危機を救ったのが、土佐藩参政の後藤象二郎でした。身分制度が厳しかった土佐藩では、下級武士の龍馬と上級武士の象二郎は、土佐の地では同郷人とはいえ出会っていなかった可能性があります。そんな二人を結びつけたのが長崎でした。
  • 新しもの好きで、進取の気風に富んだ龍馬はブーツを愛用。風頭公園の龍馬像もブーツを履いている

    新しもの好きで、進取の気風に富んだ龍馬はブーツを愛用。風頭公園の龍馬像もブーツを履いている

海援隊を結成し、再起を図る
後藤象二郎と意気投合した龍馬は、早速、経営難に陥っていた亀山社中を発展的に解散して、新たに「海援隊」を結成します。やる気と才能さえあれば、身分の隔てなく、誰でも自由に商売ができる。そんな海外の進んだ考え方を長崎で学んだ龍馬は、さらなる飛躍に向け、再起を図ります。
  • 風頭公園に佇む龍馬像

    風頭公園に佇む龍馬像

長崎で育まれた龍馬の夢
龍馬は亀山社中時代に、日本の政局を動かす「薩長同盟」の成立などに貢献しますが、33歳で生涯を閉じる最晩年の年、またもや新生ニッポンの成立には欠かせない大仕事をやってのけます。龍馬が政治的な場面で活躍した土地は京都でしたが、その下地を育み、新しい時代のビジョンを立案した場所が長崎でした。皆さんも龍馬が眺めたであろう長崎の風景を臨みながら、龍馬の夢の続きを一緒に描いてみませんか。