長崎ランタンフェスティバル、ハタ揚げ、ペーロン。精霊流しに長崎くんち。その他、地域に根付いたものを加えると、長崎の街は一年中祭りだらけといってもいい過ぎではない。それぞれの祭りは長崎が歩んできた歴史的背景から諸外国の影響を多分に受けている。なかでも中国文化は根強い! なにせ前述した中で、ハタ揚げ以外は中国の祭りや習慣と何らかの関わりを持つものなのだ。 さらに、伝来以来、貿易で栄え裕福だった歴史や人々の知恵が加わり、華やかさを増し進化し続けているというのも、長崎の祭りの特徴だといえる。
元々、長崎に住む華僑の人々が旧正月を祝う行事として行っていた春節祭が市をあげての大イベントと拡大したのが"長崎ランタンフェスティバル"。中国の伝統的行事が、近年市民レベルにまでなりえたことの背景としては他の祭り、風習、食などすでに長崎に溶け込んでいる中国文化の存在が大きいだろう。
鎖国時代に出島に住むオランダ人の付き人だったインドネシア人から伝わったといわれる"ハタ(凧)揚げ"は、単に空高く揚げるのではなく、ガラスの粉をのりづけした揚げ糸を絡ませ相手の糸を切って遊ぶハタ合戦。古くは出島のインドネシア人と江戸町の人々がハタ合戦をしたというが、現在も春と秋に同様のハタ揚げが風頭山、唐八景、稲佐山などで盛大に行われる。

![]() 唐人屋敷の中国人から伝わった中国の遊戯ペーロンは、今や長崎の夏の風物詩。
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![]() 日本に伝わった凧には中国系と南方系があるといわれるが、長崎独特のハタは南方系のもの。また、全国的には子どもの正月遊びである凧揚げは、どちらかというと大人中心の春秋の恒例行事だ。
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明暦元年(1655)頃、唐船が難破し多くの死者を出したため、唐人達が海神の怒りを鎮め中国の遊戯を長崎人に誇示するために行った競漕をはじまりとするペーロンは、7月下旬、長崎港内で開かれる「ながさきみなとまつり」の際の長崎ペーロン選手権大会のほか、海に面した市内各地でも行われている。
長崎の盆祭り"精霊流し"もまた、唐人屋敷で行われていた彩舟流し(さいしゅうながし)という死者を故国へ還す行事の影響を受けた祭り。

そして、長崎くんちの顔とも呼べる奉納踊り、明清楽の囃子に合わせて玉追い、玉探し、玉追いを繰り返し舞う "龍踊り"は、唐人屋敷の唐人達から伝わった籠町のものが基本となっている。くんちはペーロン同様市内各地の神社の神事として行われ、これらは"郷(さと)くんち"と呼ばれる。
南山手、東山手エリアで行われる居留地まつりや、丸山を舞台とした丸山華まつりは歴史を踏まえた地域密着の新しい祭り。これからの進化が見どころだ。
![]() 諏訪神社の秋の神事である長崎くんちは、長崎の歴史と風土と伝統によって誕生し、進化し続けている。
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![]() 歴史的文化遺産である旧外国人居留地を舞台に、多彩なイベントを通じて英国・スコットランド出身の貿易商トーマス・B・グラバーを偲ぶ居留地まつり。
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長崎ハタ揚げ大会
長崎のハタ揚げは、他の地方と異なって高く揚げるのではなく、他のハタと掛け合って相手のハタの糸を切るハタ合戦。 -
長崎帆船まつり
長崎の港が国内外の優雅な帆船で飾られる祭り。夜の長崎港に浮かぶライトアップされた美しい帆船は必見だ。 -
長崎ペーロン選手権大会
長崎の男達が心をひとつに漕ぎ出す勇壮なペーロンは、海神をまつる中国伝来のボートレース。 -
ながさきみなとまつり
長崎の夏の一大イベント。長崎ペーロン選手権大会を幕開けに飛帆(フェイファン)クルーズ、花火大会などが行なわれる。 -
精霊流し
盆前に死去した人の遺族が故人の霊を弔うために手作りの船を造り、この船を曳きながら街中を練り歩き海へ流すというもの。 -
中国盆会
日本とはひと味違う在留する中国人の盆祭り。現在は旧暦7月26日からの3日間、崇福寺で行われるようになった。 -
長崎居留地まつり
歴史的文化遺産である旧外国人居留地を舞台に多彩なイベントが開催される。 -
孔子祭(釈奠)
儒学の始祖、孔子の生誕を祝う祭り。中央にそびえる大成殿に孔子像を安置している。 -
長崎くんち
日本三大祭りの一つに数えられる長崎くんちは、370余年の歴史と伝統を持つ長崎市民の氏神様である諏訪神社の秋の大祭。 -
竹ン芸
若宮稲荷神社の秋の祭りに奉納される行事で、雄狐・雌狐の面をつけた2人の若者が、高さ10m余りの2本の青竹の上で曲芸が行なわれる。 -
丸山華まつり
女性が御輿をかつぐ女御輿が行なわれ、勇ましくも賑やかに丸山町から浜市アーケード、観光通りを巡幸する。 -
長崎ランタンフェスティバル
長崎在住の華僑の人々が中国の旧正月(春節)を祝う行事として行なっていた祭りが規模拡大し、長崎の冬を彩る一大風物詩となった。






