2008年9月、長崎市の4つの遺構、端島(軍艦島)北渓井坑跡、旧グラバー住宅、小菅修船場を含む「九州・山口の近代化産業遺産群」が世界遺産暫定リスト登録の国内候補になりました。これらの多くは、安政の開港を機に生まれたものです。
「九州・山口の近代化産業遺産群」は、日本の近代化に寄与したといわれる産業遺産の総称です。日本は幕末から明治期にかけて、西洋の技術や知識を幅広く吸収し、類まれなスピードで工業化・近代化を進めてきました。その中心が、九州・山口だったのです。西洋以外の地域で、はじめて近代化に取り組み、きわめて短期間のうちに成し遂げたという点で、世界的な価値を持つ近代化産業遺産群の物語を振り返ります。
海底炭採炭の基地として周囲を埋め立てた人工島。1810年頃石炭が発見され、佐賀藩が小規模の採炭を行います。明治23年(1890)から三菱の所有となり、本格的海底炭鉱として操業を開始。隣接する高島炭鉱とともに、日本の近代化を支えてきた炭鉱のひとつでした。最盛期には、鉄筋の高層アパートなど様々な施設が林立。5千人を超す人たちが生活しており、世界一の人口密度でした。昭和49年(1974)に閉山し、現在は無人島です。2009年春、いよいよ端島への上陸を開始する予定です。
北渓井坑跡(ほっけいせいこうあと)
日本最初の洋式炭坑の坑口。長崎港に入る外国蒸気船の燃料として高まった石炭需要を受け、慶応4年(1868)、佐賀藩とトーマス・ブレイク・グラバーが共同開発を始めました。翌年、イギリス人技師・モーリスを招き、日本最初の蒸気機関による洋式炭坑として出炭開始。当時は1日に300トンを出炭し、明治9年(1876)まで稼動していました。市指定史跡。
英国人貿易商トーマス・ブレイク・グラバーの住居として、文久3(1863)年に主屋を建設。上から見た屋根の形が四つ葉のクローバー型なのが特徴的です。グラバーは、ここを拠点に幕末期、薩長両藩などを支援していました。現存する日本最古の木造洋風建築で、国指定重要文化財。現在、グラバーや妻・ツルなどの写真、グラバー愛用のステッキなどが展示され、一般公開されています。
小菅修船場(ソロバンドック)
船の修理や造船を目的に薩摩藩とトーマス・ブレイク・グラバーが建設した日本初の洋式の近代的ドックです。滑り台の様子が“そろばん”に似ていることから通称“ソロバンドック”。薩摩藩士の五代友厚や小松帯刀らが計画して、グラバーがイギリスから機械装置を輸入し、明治元年(1868)に完成しました。船を「滑り台」(台車)に乗せ、巻揚機小屋内に設置された蒸気機関により引き揚げていました。巻揚機小屋は、現存する日本最古の煉瓦造り建築といわれています。国指定史跡。


