日本での西洋料理の歴史は16世紀中頃のポルトガル船の来航に始まり、鎖国時代唯一の開港地であった出島からターフル(オランダ語でテーブルの意)料理として長崎の町に広がり伝わっていったという。
日本で初めて西洋料理店を長崎に開いたのは、草野丈吉で、出島のオランダ屋敷で料理人として働きながら西洋料理を習得したのだという。出島で専任コックを務めていた丈吉は薩摩藩士五代才助(友厚)にすすめられて、若宮稲荷神社下の生家で西洋料理店「良林亭」を出した。藁葺き、六畳一間の小さな西洋料理店であったが、繁盛し、屋号を自遊亭、さらに自由亭と変え、明治11年(1878)に新築の店を馬町に構えた。
この自由亭へ、長崎を訪問したアメリカ合衆国大統領グラント将軍をはじめとする各国のVIPたちが訪れた。当時の彼のメニューには「カーァヒイ(コーヒー)、ビーフテキ(ビフテキ)、カアレイ(カレー)、ゼリターツ(ゼリータルト)」などと記されている。
明治20年(1887)に廃業後、自由亭の建物は検事正官舎になっていたが、昭和48年(1972)長崎市が譲り受け、翌年グラバー園内に移築し復元した。

西洋料理発祥の碑
