長崎開港(1570)から出島が置かれた鎖国時代、貿易のための水運利用によって町の中心となっていった中島川。寛永11年(1634)架設の眼鏡橋以降、17世紀末までに中島川と直交する道路筋のほとんどには石橋が架けられたが、これは一説に寺町の寺院への参道といわれている。架けられた橋の数は最多時、17〜18基。この石橋が連続する風景は、周囲の山々とあいまって、とても風光明媚だったといわれている。
しかし、幾度となく崩流滅失。その際も石橋によって再架されてきたが、昭和57年(1982)7月23日の長崎大水害でその多くを失った。そのうち眼鏡橋、桃渓橋(ももたにばし)、袋橋の3橋は往時の石橋の姿をとどめた形で復旧、ほかにコンクリート橋に改められた橋、“昭和の石橋”として構造を変えた橋など、現在は架設当時の石橋とは違う新たな魅力で市民に親しまれている。

石橋が連続する風景
- アクセス:(眼鏡橋方面)公会堂前電停から徒歩約5分。親和銀行前バス停から徒歩約5分。
路面電車/長崎駅前電停から蛍茶屋行きに乗車し、公会堂前電停まで約5分。
長崎・県営バス/長崎駅前東口バス停から中央橋方面(市役所経由)行きに乗車し、親和銀行前バス停まで約7分。
車/長崎駅前から約10分。 - 住所:長崎市魚の町

