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興福寺の大雄宝殿(だいゆうほうでん/本堂)は寛永9年、眼鏡橋の架設者で知られる第2代默子如定(もくすにょじょう)禅師が建立したものだったが、大火や暴風などで大破を重ね、その度に再建されてきた。現在の建物は、明治16年(1883)に再建されたものだ。
資材を中国から取りよせ、中国工匠によって造られた壮大な純中国式建築は、一目みて圧倒される美しさ。特に柱や梁に彫刻された花、人物、鳥獣や氷裂式組子の丸窓、アーチ型の黄檗天井、そして屋根上の瓢瓶などが特徴的だ。ぜひ、その細部にまで目をやり、黄檗建築の美しさに触れてみよう。

四季の器にたてられたお抹茶と、週替りの主菓子。興福寺では、“黄檗池”と呼ばれる江戸時代に造られた池のある小庭園を眺めながらお抹茶をいただくことができる。抹茶(お菓子付き)は600円。
また、寺院内の空スペースには檀家さんの所有書5000冊を集めた図書室があり、週末のみ利用することができる。美しい文化財に囲まれながらお気に入りの場所で読書、というのも興福寺の楽しみ方の一つだ。

本堂や本堂前の庭などを利用したコンサート、イベントも興福寺の魅力の一つ。境内のあらゆる所に花々が活けられたり、様々なジャンルのコンサートが開かれたりと、他のホールでは味わえない空間と余韻の美が広がるイベントが四季折々に用意されているのだ。ぜひ、ホームページなどをチェックして訪れることをおすすめしたい。
日本黄檗宗の開祖・隠元禅師が興福寺に入山したのは承応3年(1654)。その際、隠元禅師によってインゲン豆が伝えられたというのは有名な話。しかし、隠元禅師が日本に伝えたものはそれだけではなかった!
今は和食に分類する胡麻豆腐、胡麻あえ、けんちん汁。すいか、なし、れんこん、なすび、もやしなどの野菜果物、そして印鑑、木魚、ダイニングテーブルまで……。興福寺は長崎の文化を形成する上で必要不可欠な中国文化伝来の地でもあった。




