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戦後、近代的寺院として生まれ変わった福済寺のシンボルといえば、少々の遠目からでも識別可能な、白銀色に輝く観音立像だ。
この観音様、正確には万国霊廟長崎観音といい、昭和54年(1979)、原爆被災者と戦没者の慰霊と平和祈念のために建立されたもの。霊廟の上に立つ慈母観音は高さ34m、重さ35t、間近で観たらそのあまりの迫力にのけぞってしまう程の大きさ。一方、福済寺前の筑後通りを何気なく通っていると、民家と民家の間から突如現われたりして、それはそれでまた楽しめるのだ。

長崎の市街地を見下ろす観音立像
戦前の福済寺は絶景にも恵まれ、国宝を含んだ七堂伽藍(伽藍/がらん=仏寺の配置)と殊勝な仏像が配された寺院だった。しかし、原爆によって全焼壊滅。境内には、原爆で七堂伽藍と共に焼け、熱と重圧で変型し片耳が焼け落ちてしまった鐘(雲版/うんぱん=寺で食事など合図のため鳴らす鐘)が残されている。被爆した雲版は、現存する国宝・福済寺時代の遺物というわけだ。

原爆で片耳になった雲版


