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十字架に架けられた26名の殉教者達のそれぞれの表情、動作に注目! 天を仰ぎ、それぞれに口を開いている様はまるで祈りを捧げているかのようだ。
十字架に架けられ槍に刺されて死んでいった彼らは、実は殉教の瞬間、賛美歌を歌っていたのだそうだ。
右から6人目、両手を広げた人物は聖パウロ三木。周囲を取り囲む約4000人もの群集の前で十字架に架けられたまま彼は最後の説教を説いたという。レリーフで彼らの足がみんな垂れ下がっているのは、昇天の様子を描いているからだという。


道(どう)という字には精神、心という意味がある。レリーフ裏の『長崎への道』はまさにクリスチャンの信仰のシンボル。1597年1月はじめ京都を発って2月5日に長崎に到着するまで歩き続けた二十六聖人の苦しい旅と、英雄的精神とを表現したものだ。
入口の方向の右上に出発点である「きょうと」の文字。その下にある26個のぶどうの実は、聖書に示されたシンボルで、神様に命を捧げた二十六人の犠牲を意味している。

かつては“鶴の港”と称された美しい長崎港が一望できる見晴らしのいい丘だったが、年々港の景観をさえぎるビルが建ち並び、見える港の面積もわずかになってしまった。しかし公園内には多くの木々が配され、小高い丘ならではの心地よい風と、穏やかな時間が流れ、地元の人の憩いの場としても親しまれている。しばらく海を望むベンチに腰かけてブレークタイムをどうぞ。
昭和56年(1981)2月23日に初来日した現ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が、25日広島より長崎入りされた。もちろん、街中は大歓迎ムード一色。が、翌26日、長崎は信じられないほどの記録的な大雪に見舞われた。しかしそんな猛吹雪にも関わらず、午前中は全国から47,000名が参集した松山陸上競技場の特設祭壇において日本の殉教者を記念するミサと76名の洗礼式がとりおこなわれた。そして、午後には自ら“巡礼者の一人として来日した”とおっしゃる教皇は、この日本二十六聖人殉教地を訪れ祈りを捧げられたのだった。




